社長ブログ-すべてのエンジニアとクライアントに安心を

CEOの津村です。
気まぐれにはなりますが、僕が会社を立ち上げるにあたって色々思った事を綴っていきますね。
もしよろしければ、シェアやコメントなどで忌憚のない意見を頂けると嬉しいです。
今回は、弊社の命題と、それを考えるに至った経緯を書きたいと思います。

すべてのエンジニアとクライアントに安心を

全ての判断は命題に沿う

まず、弊社のすべての判断は、この命題に沿って判断されます。
通常はもっと長い「社訓」のようなものがあるのかもしれませんが、それらはシンプルではなく、とてもダサいです。
そしてダサいという事は、それだけ理解できるクライアントを逃している機会損失の一種と考えます。(残念ながら自分たちはカッコよくない事も自覚していますが…)

自分はそんなに偉そうな事をしているワケでも、立派な事をしている訳ではありませんが、1エンジニアとしては真っ当な意見を持っていると思います。
それを前提に、このエントリでは自分の「持論」を書いていきます。

経営は慈善事業ではない

まず会社を作るにあたり、「何に貢献するか」を考えました。実質数日間起きてから寝るまで事業を考え抜いた結果として、「クライアントとエンジニア」と考えました。
まず、真っ当な対価を払えない顧客はすべてクライアントではありません。
よって、弊社は真っ当な対価を要求し、それに対し真っ当なサービスを提供します。故に、真っ当な安定性を求めます。
全ての経営者は社会的に一番守られていないポジションであり、言うならば常に「背水の陣」「橋頭保」「デスゲーム」を強いられている立場です。昔は自分もこれを理解できなかったのですが、会社を立ち上げていくにつれてそれを理解できるようになってきました。

よって、自分たちに「会社がつぶれたら職安で給付金を貰いながら次についてゆっくり考える」といった人生はなく、むしろ現実として「会社が潰れたら次は自己破産」という人生の方がしっくり来るのかもしれません。
弊社は「誰かに勝とう」とは思っておらず、むしろ全てにおいて後発です。しかし故にそれら「失敗した知見」を組み合わせ活用する事で、付加価値を発生させる事により生存戦略を図ります。

「真っ当な対価」とは?

「じゃああなたの人月単価は幾ら?」という質問が飛んできそうですが、まず弊社は人月単価では計算していません。人月単価に換算するならば、300万円~500万円/人月を基準に計算します。
これは、弊社が常駐を前提としたサービスを提供するのではなく、プロダクトを開発しスポットサービスを提供する会社である為です。

例えてみましょう。
例えば、「電気」「ガス」「水道」「通信」といった費用は、イニシャル・ランニングと別れるかもしれませんが、安価な定額(従量)課金です。これは「全ての人が必要とするものだから」という答えがゴールだと思います。

しかし、トイレの栓が壊れてしまって水が流れっぱなしになった時、水道業者のエンジニアの派遣を要請して、スポットサービスとしてトイレの修理を依頼しますよね。このサービスは24時間エンジニアを待たせる必要がある為、スポット料金として高めの金額が設定されていると思います。以前友人が自宅玄関の鍵を紛失した時は、出張費・鍵の交換費用などで、トータル5万円程度を要求され、自分は保証人として呼び出されました。

弊社は、スポットサービスとしてエンジニアリングを提供しつつ、自動化によって代用可能なサービスをSaaSとして開発・提供するプロダクトベンダーです。

クライアントとは?

弊社に真っ当な対価をお支払い頂ける方をクライアントと定義しています。弊社のサービス・対価に対し、悪い意味で異論のある方は、弊社のエンジニアを幸せにする存在ではありませんので、クライアントではありません。
一方で、クライアントの定義はとても広いです。例えば社内でのエスカレーションでも、エスカレーション元はクライアントの一種です。よって、そこにコスト(付加価値)のギャップがあり、付加価値を付与する行為の相手がクライアントです。

エンジニアとは?

日本のIT業界におけるエンジニアの定義は広く、ケースによってはパソコンと対面した翌日には「エンジニア」という肩書を持つほど、悪い意味でひどい状況です。
自分はここでエンジニアを定義する際、「自身で問題解決が出来て、トラブルを鎮められる技術者」と定義しています。また、「トラブルを鎮められる」には関係各所との折衝や今後へのナレッジ化なども含められ、そのレベルはとても高いです。また、ここで言うエンジニアとは全員がコンピュータと対面する必要はなく、特定の専門スキルを持った問題解決をする方を指します。よって弊社では、セールスも、マーケティングも、デザイナーも、問題解決スキルを持つ全員をエンジニアとして考えます。

しかし、もう一つの側面として、弊社で言う「エンジニア」が全員社会的安心を享受し、安心してエンジニアライフを過ごせているのでしょうか?残念ながら目の前にしてきた現場を挙げるならば「No」です。
それらの原因には様々な要因を解釈していますが、ひとつは殆どの経営者がエンジニアを道具や商材として扱った事に要因があると考えています。SES(SE-Sails)は従来必要悪ではありましたが、自分は今後はSESは無くなるべき業種と考えています。
すべてのエンジニアは、エンジニアとして安心した生活を送るべく、アイデンティティを得るべきです。

安心とは?

さて、エンジニアが幸せになると何が起きるのでしょうか。エンジニアが十分な報酬を得て、安心して自身のキャリアを積む事が出来るようになった時、はじめてクライアントの存在やハッピーに気づくと思います。つまり、クライアントを満足させる為には、自分自身の社会的立ち位置をはっきりとさせ、そこを以て安心感を得る必要があると考えます。残念ながら日本という国は過去に遡ってこのような精神を育む土壌が出来ていません。自分はたまたま海外の考え方や文化、日本のエンジニアの現状といった部分に踏み込んだ為、それをサバイバーとして知っただけです。

すべてのエンジニアとクライアントに安心を

命題に戻りましょう。
この命題をここまでの項目で展開すると、「クライアントの問題解決を生業とする技術者が、クライアントに付加価値を享受する際、その職業環境や社会環境において安心した時に、はじめてクライアントが安心する。」と考えています。
故に、一緒に仕事をして頂いているエンジニアの方々はもとより、正当な対価と弊社のエンジニア達の安心を一緒に考えてくださる方々と、一緒に安心できる日本のITエンジニアリングの土壌を作りたい、そう考えてこの命題としました。

秋葉原は目利きの街

さて、最後にもうひとつ。
2004年に上京した時から、自分は「会社を作るとしたら秋葉原に」と考えていました。これは元々自分がアキバ系で秋葉原が大好きすぎた事も一つですが、元々秋葉原は戦後の闇市から発展した街です。そしてラジオのパーツをはじめとした電子部品に対する「目利き」が生まれ、電気街として発達し更に「目利き」が生まれ、現代の萌え産業(二次元産業・コスプレ飲食店等)が発展する中で、サービス提供者と目利きのいたちごっこが続いた街でもあります。実際、自分自身も秋葉原でジャンクの壊れたコンピュータ(当時は壊れた部品を売る事が普通だった)を埼玉の自宅まで持ち帰り、修理や解析をして自宅サーバとして運用する事も珍しくありませんでした。実際、ヤマハ RT54iやCisco 2500のNATセッションの少ない制限の中でトラフィックをやりくりした事などは良い思い出です。(実際、当時Cisco2500はMAXの16MBのメモリで運用しており、Cisco2500は1993年のルータとしては3MbpsものNATスループットを叩き出していました。)

そして、「ここなら自分の仲間がまた集まってくれるのかもしれない」、と思っています。


かつての秋葉原
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/officetetsu/akihabara/sansaku/junk.htmlより引用

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